もし、家も電気も自分でつくることができたなら、暮らす方法や場所の選択肢はもっと広がるのかもしれません。なんでもお金で買えてしまう今の日本で、手放されつつある“暮らしのDIY”を取り戻そうと、楽しみながら試行錯誤をする一人の男性がいます。
和歌山県で、地域と一緒に再生可能エネルギー事業に取り組む、「一般社団法人 南紀自然エネルギー」の代表・仁木佳男さんです。団体のモットーは“無理をしすぎない”。平日は会社勤め、週末を活かして、家だって電気だってセルフビルドしてしまうひとなのです。
手づくりの太陽光パネルから得た利益を地域に還元。みんなでエネルギーもまちもつくろうと挑戦を続ける仁木さんに、南紀自然エネルギーの活動について伺いました。再生可能エネルギーに親しみのなかった私ですが、目からウロコ!興味津々の取材となりました。
一般社団法人 南紀自然エネルギー代表。本島最南端の町・和歌山県は串本の潮岬出身。1976年生まれ。高校生の頃から環境問題に関心を持ち、大学では海の環境保全について学ぶべく、赤潮について研究。ランドスケープの設計・施工管理、環境コンサルタントの仕事を経て、2011年にJターン。現在、平日は会社員として工場の省エネ調査業務を担い、週末は再生可能エネルギー事業を展開している。(撮影:寺内 尉士)
自然を活かして地域活性化に追い風「南紀自然エネルギー」とは
「地域の眠る宝である自然エネルギーを活かして、地域をもっと心豊かに」そんな想いを胸に、2014年1月に設立された南紀自然エネルギー。
みんなでお金を出し合って市民共同発電所をつくり、得られた利益の一部を地元NPO団体などに寄付、再生可能エネルギーを活かして地域の活性化に追い風を送ろうという取り組みです。
再生可能エネルギーって何なの? という取材前の私のようなひとに向けて、まずは受け売りの解説を。
再生可能エネルギーとは、太陽光・水力・木材バイオマス・風力・地熱などの総称。石油や石炭など有限の燃料とは異なり、一度利用しても比較的短期間で再生が可能、資源が枯渇しないエネルギーのこと。自然エネルギーとも呼ばれるそうです。
ライターの私は和歌山北部の出身。こんな素敵な活動が地元県内ではじまっていたとは驚きでした!
通称“南紀(なんき)”と呼ばれる、和歌山県南部エリアに住む、5名のメンバーが中心となって運営しています。紀南地域地球温暖化対策推進協議会やまちエネ大学和歌山スクールなど、再生可能エネルギーに関する活動での出会いが接点となって構成されています。
しかし、彼らの普段の暮らしぶりは、平日勤務のサラリーマン・ゲストハウスオーナー・農家・芸術家など、職種も働き方も様々。主に週末の時間を使いながら、無理のない範囲で活動を継続しています。現在、出資者を含むサポーターは20名ほど。
週末DIY! 休耕地と間伐材を活かした、手づくりの発電所
聞いてびっくり、発電所はなんとDIY! 休耕地となった田畑を借りて、架台は不要となった地元の間伐材を利用、小さな太陽光発電所を自分たちで手づくりしているのです。
素人の私が“発電所のDIY”と聞くと、完成まで多くの月日を要しそうなイメージですが、試行錯誤を積んだ南紀自然エネルギーのメンバーたちの手にかかると、田んぼ半分ほどの広さなら、稼働人数およそ3名で2ヶ月間の週末のみでも、ほぼ完成できるそうです。
使われないままとなっていた休耕地を知人から借りて、みんなで太陽光の設置場所づくり!
こうして建設された共同の太陽光発電所は、現在4ヶ所。全て南紀エリアに位置します。串本町に1・2号、すさみ町に3号、田辺市に4号。今まさに稼働しているものが3つ、建設途中のものが1つです。どの建設地も少し歩けば、スキューバーダイバーに親しまれる綺麗な太平洋に到着します。
串本は本島最南端の町。聞くからに太陽がサンサンと降り注ぎそうですよね。実際に南紀は日照時間が長く、障害物は少なく空が開けています。しかし今、未活用な土地が多い。太陽光発電にとって好条件が揃った恵みの地、活かさない手はありません。
すさみ町に建てた発電所。足元にちらほらと野うさぎや鹿のフン。自然と共存している豊かな地域です。
(撮影:寺内尉士)
発電事業の利益で地域貢献、地元の活動へ寄付
地域に眠っていた宝を掘り起こすようにつくる、手づくりの太陽光発電所。この事業で得られた利益は、地元のひとを中心とした出資者へ少しだけ増やして返金するだけでなく、地元の地域活性化に取り組む団体にも寄付しているのです。では、発電所ごとの寄付先と寄付額を覗いてみましょう。
まず1号は、町内にある3団体へ2016年5月から寄付を開始。子育て支援を行う地元のお母さんたちの団体「NPO法人あったカフェ」、自然体験学習・地域のお祭り・商店街活性化などに取り組む「NPO法人潮岬おもしろランド」、地域のお年寄りのサポートや東日本大震災の避難生活者の保養などを行う「南紀おたすけ隊」です。寄付額は、年間30万円前後。
次に2号は、串本海中公園やダイビングショップとコラボして、2017年5月から串本の海の環境を守る活動に寄付を計画しています。年間50万円前後を想定額として、地元の小学生たちに串本の海の魅力を知る体験を提供するため、シュノーケル教室を開いたり、オニヒトデの駆除を行ったりする予定だそう。
続いて3号は、地元で開催される秋のお祭りに、2018年5月から年間40万円前後で予定。最後に4号は、「公益社団法人 天神崎の自然を大切にする会」の海底清掃活動などに2017年5月から年間50万円前後で寄付を予定しています。全てあわせると、再来年には年間170万円前後の寄付額!これは、すごい!
発電所建設の資金集めに、2016年1月にはクラウドファンディングにも挑戦。支援者は100名以上!総額150万円を越えました。(写真:クラウドファンディングの掲載ページより)
豊かな地域コミュニティを。自分たちでもイベントを開催
さらに、彼らの活動は、太陽光発電から地域貢献団体へ追い風を送るだけに留まりません。南紀自然エネルギーが主体となって、自ら地域コミュニティをつくるイベントも開催しているのです。なんだか楽しそう!から知らない分野との接点が生まれるっていいですよね。
その一環として年に2回、春と秋に開催しているのが、サポーターや地域のひとたちを集めた交流イベント。参加人数はおよそ20名から30名。発電所のそばで、テントを開き、シートを広げて、ピクニックスタイルで、子どもも大人も集まってBBQを囲んだり、餅まきをするなどして、楽しみながら交流が深まっていきます。
他には、子どもたちに再生可能エネルギーってなに?をわかりやすく伝える「出前授業」という興味深い取り組みも。また、太陽光発電所のDIY作業も、経験の有無に関係なく、タイミングさえ合えばお手伝いさせてもらえるんですよ。
BBQイベントの様子。ビワの木の下にシートを広げて、ハンモックも組み立てて、会場のできあがり!
南紀自然エネルギーの事業をはじめた、きっかけ
大きなきっかけはFITの導入でした。フィットって何?って思いますよね。調べたところ、FITとは、日本では2012年7月にはじまった「固定価格買取制度」の略称のこと。太陽光や風力などの再生可能エネルギーの普及を目的に、再生可能エネルギーで発電された電気を、電力会社が一定期間・固定価格で買い取ることを義務付けた制度だそうです。
杓子定規な説明だと、ちょっとイメージが湧きにくいもの。具体的に言うと、南紀自然エネルギーがつくった電力を、関西電力が一定の期間・一定の価格で買い取ってくれるということ。つくった電気をどうやって売る?という販売ルートが一つの障壁になるところを、すでに販売ルートを築いている大手電力会社が買い取り、各家庭へ届けてくれるのです。
(撮影:寺内尉士)
代表の仁木さんは、串本出身。学生時代から環境問題に関心を持ち、県外の環境コンサルタント会社に勤めていました。5年前にJターンして、現在、平日は和歌山市で会社員として省エネ関連の仕事をしつつ、週末は南紀自然エネルギーの活動に励んでいます。
自然を活かした再生可能エネルギーは外貨が獲得でき、地域の外に出て行くお金を減らして、地域の中でお金を循環させることができます。地元のひとが自分の使わなくなった田畑を活かし、初期投資を抑えた発電所をつくり、地域で使える電気を生み出す。
誰もがそうできれば一番良いのですが、今の日本ではまだ身近なものではありませんよね。なんとかできないかと思っていた頃に、FIT制度が導入され、起業が容易に。コンサルタントとして論ずるだけでなく、まず自らが実践者になるチャンスだと思い、開業しました。
活動を進める中で見えてきた、最大の課題
再生可能エネルギーを活かした地域循環型の理想的なモデルケースを築いている南紀自然エネルギー。とても順調に活動を展開しているように見えますが、課題はありますか?
最大の課題は、活動当初、私たち自身が地元のひとから十分な信頼を得られていなかったこと、そして太陽光発電に対する世間のイメージの悪さに、どうアプローチするかです。
私たちの事業では、みなさんからお借りする建設資金に対する利率は2~3%。一般的な銀行に預けるよりお金は増え、地域貢献にもつながる仕組みです。設立当初は、地元の人々にとって良いスキームなのだから、きっと上手くいくにちがいないと思っていました。
しかし、仲間集めも、出資者集めも、そう簡単にいくものではありませんでした。FIT導入後、各社が太陽光の発電事業をスタート。地域のひとたちは、土地の活用や投資の勧誘の電話を頻繁に受け、内容がちゃんと伝わる前に総じて疎んじてしまうことも…。
確かに、まさに私もこの取材で腰を据えて話を聞くまで、再生可能エネルギーが何かわからないまま放置していた人間のひとり。聞けば聞くほど興味深く、むしろ知っておくべき暮らしのそばにあるものなのに、今まで小難しく縁遠いものと勝手に思い込んでいました。
パネルは「kw」単位でカウントするそう。白い枠のキャンバス4枚分で1kw。知らないこと尽くしでした。(撮影:寺内尉士)
楽しそう!という素直な気持ちから未来へ
世間の理解度を高めるために、どうアプローチするか? という最大の課題。それを解決するために、仁木さんたちは寄付に留まらず、希望者と一緒に行う発電所のDIYや、発電所の真横で開くBBQイベントなど、気軽に楽しく参加できる機会を自らつくっているのです。運営メンバーのひとりである桜井保典さんはこう話します。
再生可能エネルギーを活かした地域内循環の仕組みづくりが、いつか雇用を創出したり、兼業から働き方の多様性を生んだり、代々受け継がれる財産になるかもしれない。本当は地域のみんなの未来に直結したものなのですが、すぐに伝わる話ではありません。
だからこそ、なんだか楽しそう! という素直な気持ちにアプローチをして、興味を持ってもらうきっかけを生むことができたらいいなと思っています。
ちょうど先日、発電所の太陽光パネルの下につくった畑で育てていたサツマイモが収穫シーズンを迎え、近所のひとたちと一緒にイモ堀り体験を実施したそう。「今年は降水量が少なかったので、収穫したサツマイモがちっちゃくて。念願の焼き芋体験までには至れなかったんですけどね。来年、再チャレンジ!」と、楽しそうに話してくれました。
南紀自然エネルギーの運営メンバー、桜井さん。普段は田辺でゲストハウスを運営しています。(撮影:寺内尉士)
自分の手に取り戻す、自由という豊かさと楽しさ
最後に、仁木さんに南海自然エネルギーの今後の展開について伺いました。これから、どんなことに挑戦されたいですか?
今度は、小水力発電や、間伐材を燃料にした木質バイオマス発電に、取り組んでみたいと思っています。
和歌山で有名な龍神温泉など、県内でもいくつかの温泉施設で木質バイオマスボイラーはすでに導入され、灯油などによる加温から切り替えが進んでいます。でも、発電はまだはじまっていません。
あまり大規模なものではなく、町内で完結するくらいの小規模で持続可能な木質バイオマス発電について、今まさに森林組合のひとと相談しているところなんです。
てっきり太陽光にまつわる回答が出ると思っていたので驚きました!そうそう、再生可能エネルギーにはいろんな種類があるのだと、冒頭で学んだところでした。しかも、普段から親しみのある温泉施設など、意外と身近なところで活用できるものなんですね。
南紀自然エネルギーでも、今後はもっと身近なものにも直結して支援したいと思っています。例えば、地元のお祭り。お祭りの衣装を買うお金や、お神輿を修理する費用を、発電所から得た利益で補えたらいいですよね。
他にも、奨学金という案も考えています。発電所の利益を学生さんに寄付して、地元で就職したら返金不要。そんなふうに地元に若いひとが戻りやすい仕組みをつくれたら。南紀で再生可能エネルギーが普及して、地元に雇用の輪が広がると、なおさらいいですよね。
地球温暖化対策という大きな視点ではなくて、もっと身近な暮らしから提案したい。
今まで再生可能エネルギーと聞くと、自分とはあまり関係のない遠い未来に向けた取り組みと捉えていたひとも、きっと少なくないでしょう。今回の仁木さんたちのお話を聞いて、ぐっと自分の日常のそばにあるものとして見つめられたのではないでしょうか。
仁木さんの出身地・串本の潮岬から見た、太平洋に沈む夕日。和歌山は自然に溢れた地域です。(撮影:寺内尉士)
今や、いろんな仕事が分業されて、なんでもお金で買える時代。古くは自分たちで家も電気もつくっていたんですよね。誰かに任せることで他人事になってしまわないように、暮らしの大切な部分を取り戻していけたらいいなと思っています。
太陽光からはじまり、様々な再生可能エネルギーの活用方法を自ら実践者となって、身近なものと結びつけながら提案する南紀自然エネルギー。そこから広がり深まる地域のコミュニティ。すぐそばにあるのに見落としていた大切なものを、楽しさという合言葉をきっかけに教えてくれている気がします。
そして最後に、仁木さんのこの言葉が、太平洋に沈む夕日のように深く染み渡りました。
自分でつくるから、自分で直すこともできる。いろんなものを自分たちの手に取り戻すことで生まれる、自由という豊かさ。できることが増えるのは楽しいものですよ。